欧が示す未来図―自然エネルギー社会へ

 

 

 デンマークの首都コペンハーゲン。青空の広がる岸辺に行くと、10基余りの風力発電機の風車が勢いよく回っていた。バルト海の対岸に目をやると、遠くに黒い建物の影が見える。

 

 スウェーデンのバーセベック原発だ。「脱原発」の方針に沿って1999年に1号機、2005年に2号機の運転が止められた。核燃料は運び出され、廃炉作業が行われている。

 

 閉鎖された原発と、追い風を受ける風力発電。北欧で起きる変化を象徴しているようだ。

 

■化石燃料からの脱却

 

 この変化をさらに加速させる長期戦略が最近、デンマーク政府から公表された。

 

 80年代に原発導入を断念して以来、石油や石炭などの化石燃料と、風力やバイオマスといった自然エネルギーの2本柱でやってきた。今後は自然エネルギーに一層力を入れ、2050年には風力発電などで人々の生活を支え、化石燃料からの脱却を目指すというのだ。

 

 海洋に巨大な風力発電機を建設する。電気自動車に風力発電の電力をためて、利用する。こうした挑戦を成功させるための実証実験が始まった。いま電力生産の3割を占める自然エネルギーを20年までに6割強に増やすのが当面の目標だ。

 

 現在、70億人の世界人口は2050年には90億人を超える。エネルギー消費は向こう四半世紀の間に3割以上増える見込みだ。厳しさを増す条件下で小国がどのように生き残りを図るか。長期戦略はそのための安全保障政策でもある。

 

 気候変動とエネルギー問題を担当するリュッケ・フリース大臣は語る。「福島第一原発の事故で世界の原発離れが進めば、石油の争奪戦は激化するだろう。まずは風力発電を輸出産業の柱に育てていきたい」

 

■海水や地中熱も利用

 

 スウェーデンはいま、原発の数を現行の10基に抑える政策をとる一方、省エネ型のエコタウン作りを各地で進めている。エネルギーの大量消費時代の終焉(しゅうえん)をにらんだ動きだ。

 

 第3の都市マルメの海岸部にあるウエスタンハーバー地区。古い工場街から現代的な街への再生は、自然エネルギーの巧みな利用によって実現した。

 

 目を引くのが、海水を使った地域冷暖房システムだ。地下深くに海水を貯蔵し、ヒートポンプで冷やしたり温めたりして夏の冷房、冬の暖房に利用する。住宅のゴミは自動搬送システムで焼却炉に運ばれ、熱や電気のエネルギーを取り出す。

 

 首都ストックホルムでは、自宅下に掘った地中熱を暖房に利用する住宅や、メタンガスで走る公共バスが珍しくない。

 

 忘れてならないのは、自然エネルギーの利用拡大に向けて、政府がさまざまな手立ての活用に努めてきたことだ。

 

 木質バイオマスの急速な普及は、炭素税の導入によって化石燃料の価格を割高にしたことが引き金となった。送電線を開放する電力市場の自由化も、熱と電力を併給するコージェネレーションの企業や小規模発電事業者の市場参入を促した。

 

 水力発電大国のノルウェーなどと共に北欧の共通電力市場をつくったことで、電力不足時には互いに融通しあえるようになった。欧州連合(EU)は、国の大小とは関わりなく、再生可能エネルギーの普及目標の達成を義務づけてもいる。

 

 経済成長とエネルギー消費が切り離され、別々な動きを見せるのは、こうした手立ての積み重ねによる変化なのだろう。

 

 デンマーク経済は80年以来着実に拡大したが、エネルギー消費はほぼ横ばいだった。スウェーデンの経済は90年から17年間に5割ほど拡大したのに、温暖化ガス排出量は9%減った。日本の経済は同じ期間中に3割弱の拡大にとどまり、温暖化ガス排出量は9%も増えた。

 

■既得権益の打破を

 

 「わが社の省エネ技術は世界一」と日本企業が鼻を高くしている時に、北欧諸国は社会全体で、省エネと「脱化石燃料」に黙々と取り組んでいたのだ。

 

 化石燃料の輸入を減らした分を新時代へのエネルギー投資に回すことで国内に産業と雇用を生みだす。それが北欧流の「成長戦略」にほかならない。

 

 日本はいま、原発事故への対応と夏の電力不足という難題に直面している。だが未来に目を向けて、自然エネルギー拡充への手を打っておくことは私たちの世代の責務だろう。

 

 まずは北欧の経験を、東日本大震災の被災地の復興に生かせないだろうか。大量のがれきから木材を仕分けて、発電や地域暖房に利用できないか。エネルギーの地産地消に近づくため風力・太陽光発電、さらに小型水力や地熱利用にも挑戦したい。

 

 日本の産業界には、北欧に負けないほどの技術の蓄積がある。電力業界や省庁の既得権益の壁を打破し、自然エネルギー社会へと離陸する。日本はその力を十分持っている。

 

 

(C)朝日新聞 2011年5月23日